28.本質を知る。

❖本質を知る。「目は写(うつ)せ」「耳には音(おと)を入れる」

私たちには、視覚(しかく)、聴覚(ちょうかく)、味覚(みかく)、触覚(しょっかく)、嗅覚(きゅうか く)の五つの感覚があり、さらに、五感覚による情報を基(もと)にイメージする「第六感」といわれるものがあります。

私たちにとってどの感覚も大事だが、中でも、視覚である「目」と、聴覚である「耳」 は、生活する上で最(もっと)もはたらく器官(きかん)です。

本来、目は見るものであり、耳は聞くものですが、「心が折れない悩み方」における「目」 は見るだけではなく、カメラのように「写(うつ)す」ものでなければなりません。
また、耳は聞くものですが、同様に聞くだけではなく、言葉に含(ふく)まれる音(おと)を 感じるものでなければなりません。

そうでなければ、私たちに関わるものごとや出来事の「本質」が解らない、つまり何故、 そこに「もの」があるのか、どうしてこのような「事(こと)」が起きているのか、といった 理由や事情をはじめ、関係性を知ることができないため、それらに対しうまく対処するこ とができなくなります。

「目」については、私たちは毎日、動いているもの、動かずにいるものなど、いろんな 「もの」を見ていますが、目に見える「もの」が存在する背景には、必ず、存在する意味 や理由があります。

「木を見て森を見ず」という言葉がありますが、とかく私たちは小さなことに心を奪わ れ、全体を見通せないとか、全体の関係性が解らないことで苦慮する場面が多々あります。

ところで、多くの照明は何故、天井(てんじょう)や高い所に設置(せっち)されているのでし ょうか、また、各家庭の家の玄関の方角が何故、東や南向きが多いのでしょうか。

「目」で照明だけを見れば、最新の LED 照明であるとか、昔ながらの「白熱球」であ るなど、照明の種類や形は解ります。

しかし、カメラのように「写して」見れば、照明の周(まわ)りの状況が一目瞭然(いちもく りょうぜん)、手に取るように解かります。

天井に設置されていれば、広範囲(こうはんい)に光が届くためであるとか、廊下の下部で あれば、足元を照らすためであるなど、設置の目的や意味、さらに周囲との関係性が解り ます。

同じ様に玄関の方角も、各部屋の日当たりや通気性の良さを得るためであることが解り ます。

このように「本質」を知るとは、「対象となるもの」の本来の目的をはじめ、意味や価値 などの「すべて」を知ることができます。

ところで、「目は、口ほどに物を言う」という言葉を聞いたことがあると思いますが、そ の意味は、言葉に出さなくても、眼差(まなざ)しだけで「思い」は伝わるということです。

また、目にはその人の感情が表れるので、顔の表情をはじめ、動作やしぐさ、姿勢など 全体を「写す」ことで、相手の気持ちを感じ取ることができ、より良いコミュニケーショ ンを図(はか)ることができます。
さらに、「耳」についても、言葉だけを聞いたら「言語的な解釈」になるだけで、言葉か ら伝わる「思いや感情」を感じ取ることはできません。

例えば、「ほんとうにあなたはバカなんだから」という言葉を言語として聞けば、自分 は愚(おろ)か者だと軽蔑(けいべつ)されているように聞こえます。

しかし、その時の声の高低や強弱、話す速度(ペース)、イントネーションや言葉の流れ、 息遣(づか)いなど、言葉に託(たく)されている「思いや感情」である「音(おと)」を耳に入れると、「なんてかわいそうな人なんだろう」とか、「がんばってね」「まったく、お人好(ひ とよ)しなんだから」「仕方ない人」「憎めない人」と、同じ「バカ」という言葉にも、相手 に対する励(はげ)ましや同情する気持ちがあったり、気遣(きづか)いや愛情を含んでいる場 合があります。

このように、見えないものが見える「写(うつ)す」という見方や、言葉から伝わる気持ち を感じる「音(おと)を入れる」聞き方は、私たちに「本質を知る」ための「気づき」を与え てくれます。

さらに、私たちが「悩み」を抱えている場合、とかく「あの人が、あのことがなかった ら」と、悩みが生じた原因にこだわりやすいものですが、「心の目」に写し、「心の耳」に 言葉の持つ感情=「音(おと)」を入れることで、何故、悩んでいるのか、悩む原因はどこに あるのか、この悩みは自分にとってどんな意味があるのか、など「悩み」の本質が明らかになり、解決のポイントを導(みちび)き出すために、大いに参考になります。

うだうだと、いつまでも憂(ゆう)うつな思いで悩み続けるのではなく、速やかに悩みを解 決する、「心が折れない悩み方」を身につける上で重要なポイントになります。

「目」に写(うつ)し、 耳には「音(おと)」を入れましょう。 目で見える、ところばかりを見ていても、 まわりの景色(けしき)が見えなけりゃ、 全体像がつかめません。

全体像が知らないと、 そこに存在する意味や、 目的理由がわからない。

カメラのような「心の目」、いつも開いて見ていれば、 「関係性」や「本質」を、見落とすことはありません。

「耳」も同じく、言葉だけ、 聞いたとしても言葉には、 声の高低、強弱や、 話す口調で内容の、 伝わり方が変わります。

言葉の陰に隠れてる、 思いや気持ちを知るために、 耳を澄(す)まして、冷静に、 言葉の「音(おと)」を聞きましょう。 「心の耳」で聞くことは、 人付き合いに不可欠な、 受容、共感、傾聴(けいちょう)の、 三つ配慮(はいりょ)を与えます。

❖本質を知る。「目は写(うつ)せ」「耳には音(おと)を入れる」

私たちには、視覚(しかく)、聴覚(ちょうかく)、味覚(みかく)、触覚(しょっかく)、嗅覚(きゅうか く)の五つの感覚があり、さらに、五感覚による情報を基(もと)にイメージする「第六感」といわれるものがあります。

私たちにとってどの感覚も大事だが、中でも、視覚である「目」と、聴覚である「耳」 は、生活する上で最(もっと)もはたらく器官(きかん)です。

本来、目は見るものであり、耳は聞くものですが、「心が折れない悩み方」における「目」 は見るだけではなく、カメラのように「写(うつ)す」ものでなければなりません。
また、耳は聞くものですが、同様に聞くだけではなく、言葉に含(ふく)まれる音(おと)を 感じるものでなければなりません。

そうでなければ、私たちに関わるものごとや出来事の「本質」が解らない、つまり何故、 そこに「もの」があるのか、どうしてこのような「事(こと)」が起きているのか、といった 理由や事情をはじめ、関係性を知ることができないため、それらに対しうまく対処するこ とができなくなります。

「目」については、私たちは毎日、動いているもの、動かずにいるものなど、いろんな 「もの」を見ていますが、目に見える「もの」が存在する背景には、必ず、存在する意味 や理由があります。

「木を見て森を見ず」という言葉がありますが、とかく私たちは小さなことに心を奪わ れ、全体を見通せないとか、全体の関係性が解らないことで苦慮する場面が多々あります。

ところで、多くの照明は何故、天井(てんじょう)や高い所に設置(せっち)されているのでし ょうか、また、各家庭の家の玄関の方角が何故、東や南向きが多いのでしょうか。

「目」で照明だけを見れば、最新の LED 照明であるとか、昔ながらの「白熱球」であ るなど、照明の種類や形は解ります。

しかし、カメラのように「写して」見れば、照明の周(まわ)りの状況が一目瞭然(いちもく りょうぜん)、手に取るように解かります。

天井に設置されていれば、広範囲(こうはんい)に光が届くためであるとか、廊下の下部で あれば、足元を照らすためであるなど、設置の目的や意味、さらに周囲との関係性が解り ます。

同じ様に玄関の方角も、各部屋の日当たりや通気性の良さを得るためであることが解り ます。

このように「本質」を知るとは、「対象となるもの」の本来の目的をはじめ、意味や価値 などの「すべて」を知ることができます。

ところで、「目は、口ほどに物を言う」という言葉を聞いたことがあると思いますが、そ の意味は、言葉に出さなくても、眼差(まなざ)しだけで「思い」は伝わるということです。

また、目にはその人の感情が表れるので、顔の表情をはじめ、動作やしぐさ、姿勢など 全体を「写す」ことで、相手の気持ちを感じ取ることができ、より良いコミュニケーショ ンを図(はか)ることができます。
さらに、「耳」についても、言葉だけを聞いたら「言語的な解釈」になるだけで、言葉か ら伝わる「思いや感情」を感じ取ることはできません。

例えば、「ほんとうにあなたはバカなんだから」という言葉を言語として聞けば、自分 は愚(おろ)か者だと軽蔑(けいべつ)されているように聞こえます。

しかし、その時の声の高低や強弱、話す速度(ペース)、イントネーションや言葉の流れ、 息遣(づか)いなど、言葉に託(たく)されている「思いや感情」である「音(おと)」を耳に入れると、「なんてかわいそうな人なんだろう」とか、「がんばってね」「まったく、お人好(ひ とよ)しなんだから」「仕方ない人」「憎めない人」と、同じ「バカ」という言葉にも、相手 に対する励(はげ)ましや同情する気持ちがあったり、気遣(きづか)いや愛情を含んでいる場 合があります。

このように、見えないものが見える「写(うつ)す」という見方や、言葉から伝わる気持ち を感じる「音(おと)を入れる」聞き方は、私たちに「本質を知る」ための「気づき」を与え てくれます。

さらに、私たちが「悩み」を抱えている場合、とかく「あの人が、あのことがなかった ら」と、悩みが生じた原因にこだわりやすいものですが、「心の目」に写し、「心の耳」に 言葉の持つ感情=「音(おと)」を入れることで、何故、悩んでいるのか、悩む原因はどこに あるのか、この悩みは自分にとってどんな意味があるのか、など「悩み」の本質が明らかになり、解決のポイントを導(みちび)き出すために、大いに参考になります。

うだうだと、いつまでも憂(ゆう)うつな思いで悩み続けるのではなく、速やかに悩みを解 決する、「心が折れない悩み方」を身につける上で重要なポイントになります。

「目」に写(うつ)し、 耳には「音(おと)」を入れましょう。 目で見える、ところばかりを見ていても、 まわりの景色(けしき)が見えなけりゃ、 全体像がつかめません。

全体像が知らないと、 そこに存在する意味や、 目的理由がわからない。

カメラのような「心の目」、いつも開いて見ていれば、 「関係性」や「本質」を、見落とすことはありません。

「耳」も同じく、言葉だけ、 聞いたとしても言葉には、 声の高低、強弱や、 話す口調で内容の、 伝わり方が変わります。

言葉の陰に隠れてる、 思いや気持ちを知るために、 耳を澄(す)まして、冷静に、 言葉の「音(おと)」を聞きましょう。 「心の耳」で聞くことは、 人付き合いに不可欠な、 受容、共感、傾聴(けいちょう)の、 三つ配慮(はいりょ)を与えます。

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