13.「MHPC 追観法」とは。

❖無意識を意識する。「MHPC 追観(ついかん)法」とは。

私たちの「悩み」は、「不満」と「不安」のふたつの思いや感情から生まれます。
ですから、悩みを抱えている時は、「自分は今、何が不満なのか」、「どうしたいのか」と か、「どうあって欲しいのか」を考えます。

また、同時に「何が不安なのか」、「何を心配しているのか」とか、「どんなことに戸惑い を感じているのか」といった「心の根っこ」にある、本当の思いや気持ちを具体的に知る 必要があります。
そのためには、心を深く掘り下げ、さまざまな角度から心を掘り起こし、心の根っこに ある思いや感情(以下、観(おも)い)を自覚しなければなりません。

この講話では、日頃、私たちが思っていることや考えるという「思考」に関することや、 「行動の背景にある動機(どうき)」を具体的に知るための効果的な方法として、MHPC が 独自に開発した「心の分析法」である、「追観(ついかん)法」を紹介します。

「MHPC・追観(ついかん)法」を活用すれば、悩みを抱えている時の「何故、不満なのか、 何故、不安なのか」とか、「どうすればよいのだろう」と、今まで解らなかった「心の根っ こ」にある「観(おも)い」を、「ああそうか、なるほどなぁ、こんなことだったのか」とか 「悩みの原因は、ここにあったのか」、「だから、悩みが解決できずに苦しかったのだ」な どと、自覚する=「知る」ことができます。

ところで、「MHPC・追観(ついかん)法」を実践する場合、「疑問」と「仮定」というふた つのキーワードを使い、「観(おも)い」を追(お)い続けます。(追観する)

具体的には、①何故?どうして?と「疑問を持つ」ことと、②もしも、◇◇だったら、 と「仮定する」2 つのキーワードを基(もと)に、「過去のこと」や「現在のこと」、さらに、 「将来のこと」に関する自らの思いや気持ち=「観い」を顕在化(けんざいか)することで、 悩みの本質を明らかにします。

日頃、潜在的(せんざいてき)、つまり、無意識に何となく漠然(ばくぜん)と感じている思い や気持ち=「観(おも)い」を顕在化、つまり、意識することで、「ああそうか、なるほどな ぁ」「そういうことだったのか」とか、「よくよく考えてみれば当然のことではないか」な ど、自ら「気づく」ことを目的にしています。

何故なら、自らの「気づき」がなければ、また自ら気づかなければ、当事者意識や問題 意識、さらに解決意欲を持つことができないからです。

悩みとは、悩む原因やキッカケ、つまり「誘因(ゆういん)」と言われるものが、仮に自分以外の「他者または他」にあったとしても、そのことを「悩み」にしてしまう本当の原因、 つまり、「真因(しんいん)」は、自分自身にあると考えなければなりません。

メンタルサプリ「心が折れない悩み方」の基本的な考えは、「誰が、何が」の問題ではな く、身の回りに起きているすべての出来事やものごとをはじめ、あらゆる問題を解決した り、克服するのは「すべて自分」である、と考えています。

いつまでも悩む原因やキッカケが「あの人が、あのことが、あの時が」と、こだわり続 けていても、根本的に悩みを克服することはできません。

武者小路実篤(むしゃのこうじさねあつ)の「人生は、自作自演(じさくじえん)の悲喜劇(ひきげき) である」という言葉がありますが、その意味は、失敗という「悲しみ」の結果も、成功と いう「喜び」の結果も、すべて自らの解釈、つまり、自分でシナリオ(台本)を書いて、そ のシナリオ(解釈)に基づいて、社会という舞台(ぶたい)で自ら演じた結果である、と言って います。
正に、MHPC「心が折れない悩み方」の基本理念と一緒です。

MHPC「追観法」の目的は、さまざまな悩みや葛藤が生まれた出来事や場面を思い出し ながら、何故?どうして?と「疑問を持つ」ことと、もしも、◇◇だったら、と「仮定す る」ことで「ああそうか、そうだったのか」と感じる思いや気持ち=「観(おも)い」を通し て、すべての出来事やものごとの中心には、必ず「自分がいるんだ(自分がいたんだ)」と いうことを自覚する、つまり「気づく」ことにあります。

「追観法」の実践において、例えば「不満や不安」に関して「疑問を持つ」場合、まず 「冷静な気持ち」で、過去のことであれば「何故、不満や不安を抱いていたのだろうか」・ 現在のことであれば「何故、不満や不安を抱いているのだろうか」・将来のことであれば 「何故、不満や不安を抱こうとしているのだろうか」というように、突き詰めて考えてい くと「あぁそうか、なるほどなぁ、不満や不安の原因は○○なんだ」と不満や不安の背景 にある要因など「本質」が解ると共に、解決のための対策や対処法も容易に立てることが できます。

さらに、「仮定する」場合は、「もしも、▽▽だったら」と予(あらかじ)め▽▽を用意して、 さまざまな状況を想定、つまり、「仮説建(かせつだ)て」をしながら、自由に連想する形で行 います。

例えば、会社の上司である課長に、A という新しい仕事の内容を提案したとしましょう。 しかし結果は、A という内容は評価されず、採用されません。 そのような時、ただ落ち込むのではなく、冷静な気持ちで「何故、評価されなかったのだろう」「どこが問題だったのか」とか、「もしも、課長ではなく、部長だったらどのような 評価をするだろうか」とか、「もしも、A という内容に、B という内容を加えていたら、 同じように評価されなかっただろうか」などと、いろいろな角度から想定して「追観」を 行います。

このように、「追観」を繰り返すことで、悩みや葛藤などのあらゆる場面で「ことの真 実」が解り、同時に、「すべてに自分が関わっている」という事実、つまり、「自作自演」 をしていることに気づくことができます。

その結果、「悩むのも自分、その悩みを解決するのも自分なんだ」という、問題解決に不 可欠な「当事者意識」が生まれます。

ですから、常に自分の心と向き合い、潜在的に何を考え、どのような思いを抱いている のかを知る「追観」を身につければ、仮に悩むようなことがあっても、克服する方法や手 段が容易に見つかります。

私たちの日々の生活行動は、自分の意志で意識的に行っていると思いがちですが、心の 根っこにある「無意識の自分」が大きく影響していることを忘れてはなりません。

「無意識の自分」の世界には、性格や気質など生まれつきのものや、「直感(ちょっかん)や ひらめき」、既に身についている好みや価値観をはじめ、無意識の偏見(アンコンシャス・ バイアス)と言われる「思い込みや決めつけている」こと、さらに、咄嗟(とっさ)の行動や 反応に加え、その人なりの何気(なにげ)ない行動や所作(しょさ)、癖(くせ)などがあり、思考 や行動面の多岐(たき)に渡り、「無意識の自分」が関わっています。

ところで、「心の窓」という言葉をご存知でしょうか。
私たちには、4 つの「心の窓」、つまり、4 つの自分が存在しています。
1 つは「自分も他人も知っている自分」、2 つは「自分は知らないが、他人が知っている 自分」、そして、3 つは「他人は知らないが、自分だけが知っている自分」、さらに、4 つ は「他人も、自分自身も知らない自分」という「4 つの自分」がいると言われています。

具体的には、1 の「自分も他人も知っている自分」とは、「あの人はおっちょこちょい だから」と人が言えば、本人も「そう、私はおっちょこちょいで困っているんです」と自 他共(じたとも)に認めている、自分です。

2 の「自分は知らないが、他人が知っている自分」とは、「頭、隠して尻、隠さず」の言 葉通り、自分は隠れたつもりでも、他人からは丸見え、バレバレの状態になっている、滑 稽(こっけい)でお粗末(そまつ)な自分です。

本人は一生懸命やっているつもりでも、肝心(かんじん)なところが抜けているなど、憎め ない「間抜(まぬ)けさ」を持つ自分です。

次の 3 の「他人は知らないが、自分だけが知っている自分」とは、嘘(うそ)をついたり、 自分だけの秘密(ひみつ)を持つなど他人に知られては困るような自分です。

さらに、4 の「他人も、自分自身も知らない自分」とは、「潜在的、無意識の自分」であ り、説明に苦慮(くりょ)するところですが、私見(しけん)=私の解釈では、性格や気質などの 遺伝的要素に、実際の体験や経験から得た知識や、その他さまざまな情報などが統合され て潜在化した、その人の本質的な部分を担(にな)う自分であると考えます。

前文の「無意識の自分の世界」で説明したように、日頃の何気ない「無意識」な行動や、 突発的な出来事に遭遇(そうぐう)した時になど、咄嗟(とっさ)の時に「無意識」に反応する自 分です。

日々の生活で「1,2,3 の自分」も大切な自分ですが、特に 4 の「潜在意識、かつ無意識 の中にいる、自分も他人も知らない自分」を意識することが重要です。
その「無意識を意識する」有効な手段が、「MHPC 追観法」である、と考えます。

❖無意識を意識する。「MHPC 追観(ついかん)法」とは。

私たちの「悩み」は、「不満」と「不安」のふたつの思いや感情から生まれます。
ですから、悩みを抱えている時は、「自分は今、何が不満なのか」、「どうしたいのか」と か、「どうあって欲しいのか」を考えます。

また、同時に「何が不安なのか」、「何を心配しているのか」とか、「どんなことに戸惑い を感じているのか」といった「心の根っこ」にある、本当の思いや気持ちを具体的に知る 必要があります。
そのためには、心を深く掘り下げ、さまざまな角度から心を掘り起こし、心の根っこに ある思いや感情(以下、観(おも)い)を自覚しなければなりません。

この講話では、日頃、私たちが思っていることや考えるという「思考」に関することや、 「行動の背景にある動機(どうき)」を具体的に知るための効果的な方法として、MHPC が 独自に開発した「心の分析法」である、「追観(ついかん)法」を紹介します。

「MHPC・追観(ついかん)法」を活用すれば、悩みを抱えている時の「何故、不満なのか、 何故、不安なのか」とか、「どうすればよいのだろう」と、今まで解らなかった「心の根っ こ」にある「観(おも)い」を、「ああそうか、なるほどなぁ、こんなことだったのか」とか 「悩みの原因は、ここにあったのか」、「だから、悩みが解決できずに苦しかったのだ」な どと、自覚する=「知る」ことができます。

ところで、「MHPC・追観(ついかん)法」を実践する場合、「疑問」と「仮定」というふた つのキーワードを使い、「観(おも)い」を追(お)い続けます。(追観する)

具体的には、①何故?どうして?と「疑問を持つ」ことと、②もしも、◇◇だったら、 と「仮定する」2 つのキーワードを基(もと)に、「過去のこと」や「現在のこと」、さらに、 「将来のこと」に関する自らの思いや気持ち=「観い」を顕在化(けんざいか)することで、 悩みの本質を明らかにします。

日頃、潜在的(せんざいてき)、つまり、無意識に何となく漠然(ばくぜん)と感じている思い や気持ち=「観(おも)い」を顕在化、つまり、意識することで、「ああそうか、なるほどな ぁ」「そういうことだったのか」とか、「よくよく考えてみれば当然のことではないか」な ど、自ら「気づく」ことを目的にしています。

何故なら、自らの「気づき」がなければ、また自ら気づかなければ、当事者意識や問題 意識、さらに解決意欲を持つことができないからです。

悩みとは、悩む原因やキッカケ、つまり「誘因(ゆういん)」と言われるものが、仮に自分以外の「他者または他」にあったとしても、そのことを「悩み」にしてしまう本当の原因、 つまり、「真因(しんいん)」は、自分自身にあると考えなければなりません。

メンタルサプリ「心が折れない悩み方」の基本的な考えは、「誰が、何が」の問題ではな く、身の回りに起きているすべての出来事やものごとをはじめ、あらゆる問題を解決した り、克服するのは「すべて自分」である、と考えています。

いつまでも悩む原因やキッカケが「あの人が、あのことが、あの時が」と、こだわり続 けていても、根本的に悩みを克服することはできません。

武者小路実篤(むしゃのこうじさねあつ)の「人生は、自作自演(じさくじえん)の悲喜劇(ひきげき) である」という言葉がありますが、その意味は、失敗という「悲しみ」の結果も、成功と いう「喜び」の結果も、すべて自らの解釈、つまり、自分でシナリオ(台本)を書いて、そ のシナリオ(解釈)に基づいて、社会という舞台(ぶたい)で自ら演じた結果である、と言って います。
正に、MHPC「心が折れない悩み方」の基本理念と一緒です。

MHPC「追観法」の目的は、さまざまな悩みや葛藤が生まれた出来事や場面を思い出し ながら、何故?どうして?と「疑問を持つ」ことと、もしも、◇◇だったら、と「仮定す る」ことで「ああそうか、そうだったのか」と感じる思いや気持ち=「観(おも)い」を通し て、すべての出来事やものごとの中心には、必ず「自分がいるんだ(自分がいたんだ)」と いうことを自覚する、つまり「気づく」ことにあります。

「追観法」の実践において、例えば「不満や不安」に関して「疑問を持つ」場合、まず 「冷静な気持ち」で、過去のことであれば「何故、不満や不安を抱いていたのだろうか」・ 現在のことであれば「何故、不満や不安を抱いているのだろうか」・将来のことであれば 「何故、不満や不安を抱こうとしているのだろうか」というように、突き詰めて考えてい くと「あぁそうか、なるほどなぁ、不満や不安の原因は○○なんだ」と不満や不安の背景 にある要因など「本質」が解ると共に、解決のための対策や対処法も容易に立てることが できます。

さらに、「仮定する」場合は、「もしも、▽▽だったら」と予(あらかじ)め▽▽を用意して、 さまざまな状況を想定、つまり、「仮説建(かせつだ)て」をしながら、自由に連想する形で行 います。

例えば、会社の上司である課長に、A という新しい仕事の内容を提案したとしましょう。 しかし結果は、A という内容は評価されず、採用されません。 そのような時、ただ落ち込むのではなく、冷静な気持ちで「何故、評価されなかったのだろう」「どこが問題だったのか」とか、「もしも、課長ではなく、部長だったらどのような 評価をするだろうか」とか、「もしも、A という内容に、B という内容を加えていたら、 同じように評価されなかっただろうか」などと、いろいろな角度から想定して「追観」を 行います。

このように、「追観」を繰り返すことで、悩みや葛藤などのあらゆる場面で「ことの真 実」が解り、同時に、「すべてに自分が関わっている」という事実、つまり、「自作自演」 をしていることに気づくことができます。

その結果、「悩むのも自分、その悩みを解決するのも自分なんだ」という、問題解決に不 可欠な「当事者意識」が生まれます。

ですから、常に自分の心と向き合い、潜在的に何を考え、どのような思いを抱いている のかを知る「追観」を身につければ、仮に悩むようなことがあっても、克服する方法や手 段が容易に見つかります。

私たちの日々の生活行動は、自分の意志で意識的に行っていると思いがちですが、心の 根っこにある「無意識の自分」が大きく影響していることを忘れてはなりません。

「無意識の自分」の世界には、性格や気質など生まれつきのものや、「直感(ちょっかん)や ひらめき」、既に身についている好みや価値観をはじめ、無意識の偏見(アンコンシャス・ バイアス)と言われる「思い込みや決めつけている」こと、さらに、咄嗟(とっさ)の行動や 反応に加え、その人なりの何気(なにげ)ない行動や所作(しょさ)、癖(くせ)などがあり、思考 や行動面の多岐(たき)に渡り、「無意識の自分」が関わっています。

ところで、「心の窓」という言葉をご存知でしょうか。
私たちには、4 つの「心の窓」、つまり、4 つの自分が存在しています。
1 つは「自分も他人も知っている自分」、2 つは「自分は知らないが、他人が知っている 自分」、そして、3 つは「他人は知らないが、自分だけが知っている自分」、さらに、4 つ は「他人も、自分自身も知らない自分」という「4 つの自分」がいると言われています。

具体的には、1 の「自分も他人も知っている自分」とは、「あの人はおっちょこちょい だから」と人が言えば、本人も「そう、私はおっちょこちょいで困っているんです」と自 他共(じたとも)に認めている、自分です。

2 の「自分は知らないが、他人が知っている自分」とは、「頭、隠して尻、隠さず」の言 葉通り、自分は隠れたつもりでも、他人からは丸見え、バレバレの状態になっている、滑 稽(こっけい)でお粗末(そまつ)な自分です。

本人は一生懸命やっているつもりでも、肝心(かんじん)なところが抜けているなど、憎め ない「間抜(まぬ)けさ」を持つ自分です。

次の 3 の「他人は知らないが、自分だけが知っている自分」とは、嘘(うそ)をついたり、 自分だけの秘密(ひみつ)を持つなど他人に知られては困るような自分です。

さらに、4 の「他人も、自分自身も知らない自分」とは、「潜在的、無意識の自分」であ り、説明に苦慮(くりょ)するところですが、私見(しけん)=私の解釈では、性格や気質などの 遺伝的要素に、実際の体験や経験から得た知識や、その他さまざまな情報などが統合され て潜在化した、その人の本質的な部分を担(にな)う自分であると考えます。

前文の「無意識の自分の世界」で説明したように、日頃の何気ない「無意識」な行動や、 突発的な出来事に遭遇(そうぐう)した時になど、咄嗟(とっさ)の時に「無意識」に反応する自 分です。

日々の生活で「1,2,3 の自分」も大切な自分ですが、特に 4 の「潜在意識、かつ無意識 の中にいる、自分も他人も知らない自分」を意識することが重要です。
その「無意識を意識する」有効な手段が、「MHPC 追観法」である、と考えます。

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