26.メンタルヘルスと「落ちる」の関係。

❖メンタルヘルスと「落ちる」の関係

わが国には、至る所に遊園地があり、行楽シーズンともなれば、どこもかしこも親子連れをはじめ、大勢の人で賑(にぎ)わっています。

中でもジェットコースターやウォータースライダー、スクリューコースターなどの遊具 は、長蛇(ちょうだ)の列ができるほど、その人気は群(ぐん)を抜いています。

では、何故、これらの遊具に人気が集まるのか、また人気のヒミツはどこにあるのか、 さらに、これらの遊具に共通しているのは何かを解かっている人は、少ないと思います。

せいぜいスピード感やスリルがたまらないとか、怖(こわ)いけど一度乗ると病(や)みつき になる楽しさがある、という程度の知識かもしれません。

しかし、いずれの遊具も「落ちる」という共通の特徴を持ち、「落ちる」ことで味わう 「心の解放感」を「売り」にしています。

つまり、私たちは、「落ちる」ことを味わうため、わざわざ遠くまで出かけ、人ごみをか き分け、長蛇の列にもひたすら耐え、おまけにお金まで払ってわずか数分の「落ちる」体 験を味わっています。

ところで、「落ちる」とは、物が落ちる、階段から落ちるなど「物体が高いころから低い ところへ移動すること」や、試験に落ちるなど落第(らくだい)や不合格のように「ひとつの レベルがクリアできず、それ以下に留(とど)まること」のほか、奈落(ならく)に落ちる、地獄 (じごく)に落ちるなど、一般的に「落ちる」という言葉には、ネガティブなイメージがあり、 あまり好まれる言葉ではありません。

しかし、ジェットコースターに乗る乗客の立場では、「落ちる」という意味がだいぶ違 っていて、むしろ「落ちる」ことを楽しんでいます。

コースターが動き出してから「落ち始める」までの時間は、乗客にかなり強烈(きょうれつ)な心身に対する緊張状態を与え、不安や恐怖感が最高潮(さいこうちょう)に達します。
そして、その瞬間、高速で一気に「落ちて」きます。 日頃、体験したことのない、強烈な不安や恐怖に絶叫(ぜっきょう)しながらやがてコースターが停止します。

僅(わず)かな時間ではあるが、極度の不安や恐怖から一瞬で解放された乗客の心は、放心 状態に近く、やがて緊張からの解放によって快(こころよ)い安心感が全身に広がり、心が落 ち着きを取り戻します。

木の枝や屋根から落ちて怪我(けが)をするのとは訳が違い、ジェットコースターの「落ちる」ことによる最大の魅力は、「心身の緊張状態から、解放される」ことによる、「至福(しふく)の安心感」、つまり、極度の緊張が一瞬で、究極(きゅうきょく)の安心感に変わる醍醐味 (だいごみ)が人気の秘密になっています。

ところで、世間には、自分のことを「棚(たな)上げ」して、平気で他人を批判したり、誹 謗中傷(ひぼうちゅうしょう)する人がいますが、自分を「棚上げ」する人は、我がまま気まま で協調性がなく、自分の考えにこだわり、他人の話は聞かないとか、「自分は優秀だ」と 思い込み、力もないのに見栄を張るなど、常に自己中心の「棚」にしがみつき、そこにど っぷり座(すわ)り込んでいます。

メンタルサプリ「心が折れない悩み方」で言う「落ちる」とは、つまらない地位や名誉 (めいよ)にしがみついたり、プライドを守ろうと見栄(みえ)や意地(いじ)を張るなど、マイナ スの意味や価値を持つ「こだわりやとらわれの感情」、さらに、「決めつけや思い込みの感 情」を「捨てる」心の技術であって、心的葛藤を合理的に処理する方法であると言えます。

「平家の都落(みやこお)ち」という話をご存知でしょうか。 むかし、京の都(みやこ)で隆盛(りゅうせい)を誇(ほこ)っていた平家一族が、敵対(てきたい)する 源氏一族からいつ攻め込まれかと、不安と恐怖を抱えて住んでいましたが、日に日に募(つ の)る不安や恐怖から解放されるため、京の都を離れて源氏一族の目の届かい山奥の場所 に移り住んで、難(なん)を逃れたという話です。

つまり、「都落ち」とは、京の都から落ち延びて、安心できる場所で落ち着いた生活を送 ったという話です。

もし、平家一族が京の都で住むことに「こだわり」続けていたならば、おそらく源氏一 族に滅(ほろ)ぼされていたことでしょう。 現在、自分の「棚上げ」している人に是非、聞かせたい話です。

自分を棚(たな)上げする人は、 自分の「棚」で安閑(あんかん)と、 胡坐(あぐら)をかいて、ノホホンと、 自分本位で生きている。

さらに加えて言うならば、 自分本位で何もかも、 自分本位で決めつけて、 自分本位のこだわりを 自分本位で押し付ける。

世間を甘く見てるのか、 もともとバカかは、知らないが、 顰蹙(ひんしゅく)かって、孤立して、 不幸を招(まね)くその前に、

自分本位のくだらない、 「棚」から今すぐ落ちなさい!!。

京の都で華(はな)やかに、 暮らした平家の人たちが、 源氏を恐れて山里に、 逃(のが)れる「平家の都落(みやこお)ち」。 「落ちて」安心する場所に、 たどり着(つ)くから、「落ち着く」のです。

正に、「落ちる」という心は、私たちが健やかに生きるために必要な「シンプルな心、ニ ュートラルな心、自然体の心」、そして、MHPC のメンタルメソッドである「あるがまま に受け入れる「余意(よい)の心」であり、マイナスの意味や価値を持つ「こだわりやとらわ れ、思い込みや決めつけ」など不要な思いを①断つ②捨てる、執着しないで③離れると いう、心を「断捨離」する最善の方法であると考えます。

❖メンタルヘルスと「落ちる」の関係

わが国には、至る所に遊園地があり、行楽シーズンともなれば、どこもかしこも親子連れをはじめ、大勢の人で賑(にぎ)わっています。

中でもジェットコースターやウォータースライダー、スクリューコースターなどの遊具 は、長蛇(ちょうだ)の列ができるほど、その人気は群(ぐん)を抜いています。

では、何故、これらの遊具に人気が集まるのか、また人気のヒミツはどこにあるのか、 さらに、これらの遊具に共通しているのは何かを解かっている人は、少ないと思います。

せいぜいスピード感やスリルがたまらないとか、怖(こわ)いけど一度乗ると病(や)みつき になる楽しさがある、という程度の知識かもしれません。

しかし、いずれの遊具も「落ちる」という共通の特徴を持ち、「落ちる」ことで味わう 「心の解放感」を「売り」にしています。

つまり、私たちは、「落ちる」ことを味わうため、わざわざ遠くまで出かけ、人ごみをか き分け、長蛇の列にもひたすら耐え、おまけにお金まで払ってわずか数分の「落ちる」体 験を味わっています。

ところで、「落ちる」とは、物が落ちる、階段から落ちるなど「物体が高いころから低い ところへ移動すること」や、試験に落ちるなど落第(らくだい)や不合格のように「ひとつの レベルがクリアできず、それ以下に留(とど)まること」のほか、奈落(ならく)に落ちる、地獄 (じごく)に落ちるなど、一般的に「落ちる」という言葉には、ネガティブなイメージがあり、 あまり好まれる言葉ではありません。

しかし、ジェットコースターに乗る乗客の立場では、「落ちる」という意味がだいぶ違 っていて、むしろ「落ちる」ことを楽しんでいます。

コースターが動き出してから「落ち始める」までの時間は、乗客にかなり強烈(きょうれ つ)な心身に対する緊張状態を与え、不安や恐怖感が最高潮(さいこうちょう)に達します。
そして、その瞬間、高速で一気に「落ちて」きます。 日頃、体験したことのない、強烈な不安や恐怖に絶叫(ぜっきょう)しながらやがてコースタ ーが停止します。

僅(わず)かな時間ではあるが、極度の不安や恐怖から一瞬で解放された乗客の心は、放心 状態に近く、やがて緊張からの解放によって快(こころよ)い安心感が全身に広がり、心が落 ち着きを取り戻します。

木の枝や屋根から落ちて怪我(けが)をするのとは訳が違い、ジェットコースターの「落ち る」ことによる最大の魅力は、「心身の緊張状態から、解放される」ことによる、「至福(し ふく)の安心感」、つまり、極度の緊張が一瞬で、究極(きゅうきょく)の安心感に変わる醍醐味 (だいごみ)が人気の秘密になっています。

ところで、世間には、自分のことを「棚(たな)上げ」して、平気で他人を批判したり、誹 謗中傷(ひぼうちゅうしょう)する人がいますが、自分を「棚上げ」する人は、我がまま気まま で協調性がなく、自分の考えにこだわり、他人の話は聞かないとか、「自分は優秀だ」と 思い込み、力もないのに見栄を張るなど、常に自己中心の「棚」にしがみつき、そこにど っぷり座(すわ)り込んでいます。

メンタルサプリ「心が折れない悩み方」で言う「落ちる」とは、つまらない地位や名誉 (めいよ)にしがみついたり、プライドを守ろうと見栄(みえ)や意地(いじ)を張るなど、マイナ スの意味や価値を持つ「こだわりやとらわれの感情」、さらに、「決めつけや思い込みの感 情」を「捨てる」心の技術であって、心的葛藤を合理的に処理する方法であると言えます。

「平家の都落(みやこお)ち」という話をご存知でしょうか。 むかし、京の都(みやこ)で隆盛(りゅうせい)を誇(ほこ)っていた平家一族が、敵対(てきたい)する 源氏一族からいつ攻め込まれかと、不安と恐怖を抱えて住んでいましたが、日に日に募(つ の)る不安や恐怖から解放されるため、京の都を離れて源氏一族の目の届かい山奥の場所 に移り住んで、難(なん)を逃れたという話です。

つまり、「都落ち」とは、京の都から落ち延びて、安心できる場所で落ち着いた生活を送 ったという話です。

もし、平家一族が京の都で住むことに「こだわり」続けていたならば、おそらく源氏一 族に滅(ほろ)ぼされていたことでしょう。 現在、自分の「棚上げ」している人に是非、聞かせたい話です。

自分を棚(たな)上げする人は、 自分の「棚」で安閑(あんかん)と、 胡坐(あぐら)をかいて、ノホホンと、 自分本位で生きている。

さらに加えて言うならば、 自分本位で何もかも、 自分本位で決めつけて、 自分本位のこだわりを 自分本位で押し付ける。

世間を甘く見てるのか、 もともとバカかは、知らないが、 顰蹙(ひんしゅく)かって、孤立して、 不幸を招(まね)くその前に、

自分本位のくだらない、 「棚」から今すぐ落ちなさい!!。

京の都で華(はな)やかに、 暮らした平家の人たちが、 源氏を恐れて山里に、 逃(のが)れる「平家の都落(みやこお)ち」。 「落ちて」安心する場所に、 たどり着(つ)くから、「落ち着く」のです。

正に、「落ちる」という心は、私たちが健やかに生きるために必要な「シンプルな心、ニ ュートラルな心、自然体の心」、そして、MHPC のメンタルメソッドである「あるがまま に受け入れる「余意(よい)の心」であり、マイナスの意味や価値を持つ「こだわりやとらわ れ、思い込みや決めつけ」など不要な思いを①断つ②捨てる、執着しないで③離れると いう、心を「断捨離」する最善の方法であると考えます。

代表・矢吹孝志(やぶきたかし) 福島県生まれ

*MHPC代表、健康・教育カウンセラー
*レジリエンスセラピスト
*公立学校共済組合福島県支部「こころのケア事業」
 ・委託カウンセラー
*ティーペック(株)東京/大阪 ・委託カウンセラー
*システムブレーン/ライセンスアカデミー(講師派遣会社)
 ・登録講師
*NPO法人・日本フリースクール協会理事

書籍案内

「子どもは親を選べない」
幻冬舎ルネッサンス

「心の病はこうして直す」
文芸社

「余意の生き方」
現代書林

MHPCマインドヘルスパーソナリティセンター
〒963-8813 福島県郡山市芳賀2丁目21-10
TEL 024-943-1678 FAX 024-943-1686

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