22.「義」という意味を考える。

「義(ぎ)」という意味を考える。

「義」とは、「広辞苑」によると、道理(どうり)や条理(じょうり)と言われるもので、ものごとの理(り)に適(かな)うことを意味する言葉です。

難(むずか)しい表現ではあるが、人間社会においては「仁義礼智心(じんぎれいちしん)・義 務・正義」を守るように、行うべき「みちすじ」のことを言っています。

また、「義」は、利害を捨てて条理に従い、公道(こうどう)、公共のために尽くすという 「無償の行為」の意味もあります。

ところで、中国の論語に「義(ぎ)を見てせざるは、勇(ゆう)無きなり」という言葉があり、 人の道として、当然行うべきところ、それを実行しないのは勇気がない、というのが本来 の意味ですが、現代社会においては、いささか解釈に違いがあるようです。

現代人の多くは、「勇気」がないから「実行できない」のではなく、はじめから「その 気」がないから「実行しない」わけです。

自分の利益にならないものはやらないとか、やりたくないという非常に分りやすい「欲 得感(よくとくかん)」で生きています。

「得なことはやるが、損なことはやらない」という、いたって単純明快(たんじゅんめいか い)な「欲得感(よくとくかん)」が強まった背景には、「他人のことはどうでもいい、自分だけ は」という現代の競争主義の社会構造が影響していると考えます。

さらに、「義」とは、利害を捨てて条理に従い、人道、公共のために尽くすことに加え、 無償の行動であるため、ボランティア精神に基づく奉仕活動に通じるものがあります。

世間には「義理(ぎり)ごと」と言われるさまざまな行事(ぎょうじ)があります。 結婚式や葬式への出席、その他、祝い事や近隣(きんりん)近所、地域社会の寄り合いや集会 への参加は、万障(ばんしょう)繰り合わせても出席しなければなりません。

これらの出席をたびたびキャンセルしたり、約束ごとを守らなければ、人間関係がギク シャクして軋轢(あつれき)が生じ、その結果、自分も相手も憂うつになり、望まぬストレス を抱えることになります。

世間には、義理を欠いても何とも感じない、無責任で無頓着(むとんちゃく)な人がいます が、いずれも人間社会の「村八分(むらはちぶ)」から「村十分(むらじゅうぶ)」の扱いを受け、 一人寂しく生きることになります。

ちなみに、「村八分(むらはちぶ)」と言う言葉の意味は、何らかの「不義理(ふぎり)」があっ て、村の行事や村民との付き合いなど一切絶(いっさいた)たれたとしても、「火災の時と葬式 の時」のふたつ、つまり「二分(にぶ)」は協力してもらえると言うことですが、孤立した生 活を余儀(よぎ)なくされることは確かです。

しかし、現代社会における「義」については、仰々(ぎょうぎょう)しく考える必要はなく、 一般的な常識やマナー、モラルを身につけ「人並(ひとな)み」な生き方をすることです。

ちなみに、「義」や「義理」という言葉には、反社会的勢力の「ヤクザ社会」や「暴力団」 に結びつくネガティブなイメージがありますが、決してそうではありません。

現代社会においては、他人への気配りや心配りをはじめ、思いやりや恩返(おんがえ)し、 さらに助け合いなど、公共の利益や福祉に関する行為を支えるものであると考えます。

これまで説明した「間・場・位置・礼・節・義」の各内容は、私たちが人と関わりなが ら生きる上で必要不可欠な「社会的スキル」であり、自分も憂うつにならない、他人も憂 うつにさせないという「心が折れない生き方」の根幹を支えます。

世の中で、「困った人」というものは、 「五万(ごまん)」といるが、その中で、 「たぶん、おそらく、大丈夫」と、 おかしな返事をする人や、 「う~ん、別に」とあいまいな、 言葉でごまかすイヤな人。 解っているのに答えない、 自ら「白・黒」つけられない、 優柔不断(ゆうじゅうふだん)で、 茶(ちゃ)かす人。

さらに加えて、 言うならば、 「あぁ、あの時の」、「あのことね」、 妙(みょう)な納得する人や、 順調な、流れに逆(さか)らい、 波風(なみかぜ)を、 立てて平気でいる人も、 「困った人」の仲間だが、 上澄み(うわずみ)ばかりを、 飲みたがり、
努力もしないで、 人頼(ひとだの)み、 やること成(な)すこと、半人前、 そのくせ、文句は一人前、 わがまま、気ままは三人前、 『困った人』の ベスト2(つぅー)!

さらに、輪(わ)をかけ、この項の、 「間、場、位置」と、「礼、節、義」、 微塵(みじん)のかけらも、 ありゃしない、
お釈迦様(しゃかさま)でも、 救(すく)えない、 レベルはおそらく、ベスト1(わん)!!

「人間離(にんげんばな)れ」というものは、 普通の人より、優秀で、

「並大抵(なみたいてい)」のものじゃない、 人を意味する言葉だが、 「悪(わる)く人間離れ」した、 『困った人』がいるのです。

「義(ぎ)」という意味を考える。

「義」とは、「広辞苑」によると、道理(どうり)や条理(じょうり)と言われるもので、ものごとの理(り)に適(かな)うことを意味する言葉です。

難(むずか)しい表現ではあるが、人間社会においては「仁義礼智心(じんぎれいちしん)・義 務・正義」を守るように、行うべき「みちすじ」のことを言っています。

また、「義」は、利害を捨てて条理に従い、公道(こうどう)、公共のために尽くすという 「無償の行為」の意味もあります。

ところで、中国の論語に「義(ぎ)を見てせざるは、勇(ゆう)無きなり」という言葉があり、 人の道として、当然行うべきところ、それを実行しないのは勇気がない、というのが本来 の意味ですが、現代社会においては、いささか解釈に違いがあるようです。

現代人の多くは、「勇気」がないから「実行できない」のではなく、はじめから「その 気」がないから「実行しない」わけです。

自分の利益にならないものはやらないとか、やりたくないという非常に分りやすい「欲 得感(よくとくかん)」で生きています。

「得なことはやるが、損なことはやらない」という、いたって単純明快(たんじゅんめいか い)な「欲得感(よくとくかん)」が強まった背景には、「他人のことはどうでもいい、自分だけ は」という現代の競争主義の社会構造が影響していると考えます。

さらに、「義」とは、利害を捨てて条理に従い、人道、公共のために尽くすことに加え、 無償の行動であるため、ボランティア精神に基づく奉仕活動に通じるものがあります。

世間には「義理(ぎり)ごと」と言われるさまざまな行事(ぎょうじ)があります。 結婚式や葬式への出席、その他、祝い事や近隣(きんりん)近所、地域社会の寄り合いや集会 への参加は、万障(ばんしょう)繰り合わせても出席しなければなりません。

これらの出席をたびたびキャンセルしたり、約束ごとを守らなければ、人間関係がギク シャクして軋轢(あつれき)が生じ、その結果、自分も相手も憂うつになり、望まぬストレス を抱えることになります。

世間には、義理を欠いても何とも感じない、無責任で無頓着(むとんちゃく)な人がいます が、いずれも人間社会の「村八分(むらはちぶ)」から「村十分(むらじゅうぶ)」の扱いを受け、 一人寂しく生きることになります。

ちなみに、「村八分(むらはちぶ)」と言う言葉の意味は、何らかの「不義理(ふぎり)」があっ て、村の行事や村民との付き合いなど一切絶(いっさいた)たれたとしても、「火災の時と葬式 の時」のふたつ、つまり「二分(にぶ)」は協力してもらえると言うことですが、孤立した生 活を余儀(よぎ)なくされることは確かです。

しかし、現代社会における「義」については、仰々(ぎょうぎょう)しく考える必要はなく、 一般的な常識やマナー、モラルを身につけ「人並(ひとな)み」な生き方をすることです。

ちなみに、「義」や「義理」という言葉には、反社会的勢力の「ヤクザ社会」や「暴力団」 に結びつくネガティブなイメージがありますが、決してそうではありません。

現代社会においては、他人への気配りや心配りをはじめ、思いやりや恩返(おんがえ)し、 さらに助け合いなど、公共の利益や福祉に関する行為を支えるものであると考えます。

これまで説明した「間・場・位置・礼・節・義」の各内容は、私たちが人と関わりなが ら生きる上で必要不可欠な「社会的スキル」であり、自分も憂うつにならない、他人も憂 うつにさせないという「心が折れない生き方」の根幹を支えます。

世の中で、「困った人」というものは、 「五万(ごまん)」といるが、その中で、 「たぶん、おそらく、大丈夫」と、 おかしな返事をする人や、 「う~ん、別に」とあいまいな、 言葉でごまかすイヤな人。 解っているのに答えない、 自ら「白・黒」つけられない、 優柔不断(ゆうじゅうふだん)で、 茶(ちゃ)かす人。

さらに加えて、 言うならば、 「あぁ、あの時の」、「あのことね」、 妙(みょう)な納得する人や、 順調な、流れに逆(さか)らい、 波風(なみかぜ)を、 立てて平気でいる人も、 「困った人」の仲間だが、 上澄み(うわずみ)ばかりを、 飲みたがり、
努力もしないで、 人頼(ひとだの)み、 やること成(な)すこと、半人前、 そのくせ、文句は一人前、 わがまま、気ままは三人前、 『困った人』の ベスト2(つぅー)!

さらに、輪(わ)をかけ、この項の、 「間、場、位置」と、「礼、節、義」、 微塵(みじん)のかけらも、 ありゃしない、
お釈迦様(しゃかさま)でも、 救(すく)えない、 レベルはおそらく、ベスト1(わん)!!

「人間離(にんげんばな)れ」というものは、 普通の人より、優秀で、

「並大抵(なみたいてい)」のものじゃない、 人を意味する言葉だが、 「悪(わる)く人間離れ」した、 『困った人』がいるのです。

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